43.青菜
夏の盛り、植木屋が裕福な隠居宅で庭仕事をしていると、隠居が声をかける。「精が出ますな。涼しいところで一杯やりなさい」。井戸で冷やした柳蔭(焼酎とみりんを合わせた夏酒)を勧め、鯉の洗いも出す。植木屋は恐縮しながらも上機嫌。次に、隠居は「口直しに青菜はどうだ」と、奥様に声をかける。奥様が「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官」との不思議な返答があり、隠居は「では義経にしておこう」と返す。呆然とする植木屋に、隠居は説明する。客前で「青菜はもうない」とは言いにくいから、「菜(な)も食らう(ほうがん)」と妻が洒落で言い、夫は「よし(つね)に」と返したのだという。粋なやり取りに感服した植木屋は、帰って女房に話し、次に友人の大工・半公が来たら真似してみようと決意する。
だが長屋の狭い家に「奥」はなく、仕方なく女房を押入れに押し込む。やって来た半公に「植木屋さん、精が出ますな」と言い出し、「お前が植木屋だろ」と突っ込まれても気にせず、燗酒を柳蔭、イワシの塩焼きを鯉の洗いと称して振る舞う。調子に乗り「青菜は好きかね」と尋ねると、「嫌いだ」と返され、「そこは好きと言え」と無理に言わせて、手を叩き「奥や!」と叫ぶ。押入れから汗だくの女房がホコリまみれで飛び出し、「鞍馬から牛若丸が出でまして、名も九郎判官義経」と一気に言ってしまう。段取りが崩れた植木屋、困って「……弁慶にしておけ」。
憧れと勘違いの滑稽を描く。町人が無理に真似ることで、文化の階層と距離が笑いになる。前半は夏の涼味と洒脱な夫婦のやりとりが風情を生み、後半はそれを長屋という生活感あふれる空間で再現しようとすることで一気に崩れる。そこには、粋に憧れる庶民の可笑しさと健気さがあり、上品と下世話の対比が見事に際立つ。
「青菜」は季節の涼しさ、言葉の美しさ、そして人間の不器用さを表現した、夏の風物詩のような滑稽噺である。
