37.子は鎹(かすがい)

大工の熊五郎は腕は確かだが酒と女にだらしなく、遊女に入れあげては妻と喧嘩ばかり。ついに、息子の亀吉を連れておみつは家を出る。熊五郎は後悔しつつもどうにもできず、孤独の中で年月が過ぎる。遊女とも別れ、熊五郎は心を入れ替えて仕事一筋に。真面目に働くうちに、ふと家族のぬくもりが恋しくなっていた。
 そんなある日、町で偶然、成長した亀吉と再会する。久しぶりに見る息子の姿に胸が熱くなる熊五郎。話を聞けば、前妻は再婚もせず、針仕事で生計を立てているという。粗末な着物を見て胸が痛む熊五郎は、亀吉に小遣いを渡し、「おっ母さんには内緒だぞ」と言いながら、翌日うなぎを食べに行く約束をする。
 だが帰宅した亀吉が持ち金を母に見つかり、問い詰められても父との約束を守って言えず、「盗んだのか」と叱られる。母親は玄翁を手に取り、「これはおとっつぁんがおまえを叩くのと同じ」と叱ると、堰を切ったように亀吉は全てを打ち明ける。母親の胸には、懐かしさと切なさがこみ上げた。
 翌日、亀吉はうなぎ屋へ。母親もうなぎ屋へ。母の姿を見た亀吉が熊五郎に告げると、熊五郎は店を飛び出し、前妻に深々と頭を下げる。「俺が悪かった、もう一度三人でやり直してくれ」。涙ぐむおみつは「この子がいたからこそ、また会えたのですね。ほんに子は鎹(かすがい)です」。
 亀吉は不思議そうに、「おいらがかすがいだって?だから昨日、玄翁で頭をぶつといった。」

 

家族をつなぐ無垢の力:親が別れても、子の存在が二人を結び直す。“情”が人生を修復する。

江戸の倫理観と情愛:過ちを責めず、反省と誠実で立て直す「再生の美学」。罰ではなく赦し。

「鎹」は木と木をつなぐ釘の意。家庭の絆もまた、子どもという“鎹”で再び結ばれるという比喩の優しさ。