21.鰻屋
新しく鰻屋が開店した。江戸の町人たちは「鰻の蒲焼き」と聞いただけで食欲をそそられる。そこで物好きな客が、開業初日に意気揚々と暖簾をくぐった。ところが、店で出されたのは酒と香の物ばかり。肝心の蒲焼が一向に出てこない。待たされること二時間、ようやく運ばれてきたのは、なんと捌かれていない丸焼きの鰻だった。驚いて店主に訳を聞くと「実は鰻割きの職人が用足しに出かけて戻らない」という答え。丸焼きでは食べられないため、酒代だけ払って帰ろうとすると、店主は「お代はいりません、後日また蒲焼を食べに来てください」と申し出た。結果として客は「ただ酒」を飲んだことになる。
味をしめた客は翌日も様子を見に行く。案の定、職人はまだ不在だ。そこで今度は友人を誘い、「今日もただ酒にありつける」と踏んで店に入る。だが、ただ待っているだけでは面白くない。調理場に踏み込み「鰻を焼いてくれ」と店主に迫る。しぶしぶ鰻を掴んだ店主だが、生きた鰻はぬるぬる、つるつるで指の間から逃げていく。糠をかけても効果なく、しまいには鰻は店の外まで逃げ出してしまった。
慌てた客が「おい親方、どこへ行くんだ」と声をかけると、店主は肩で息をしながら答える。「前に回って、鰻に聞いてください」。
人間のずる賢さと不器用さ。
鰻は捌くのに高度な技術が必要で、素人ではどうにもならない。「専門職の不在」が笑いの種。
前半の「ただ酒を飲んでしまう偶然」と後半の「それを利用しようとする意図的行為」という対比構造。
「鰻に聞け」というオチは、言葉遊びと視覚的イメージを兼ね備えた落ち。