スナックでマイケル・ジャクソン
落語界には、時々「本物だ」と思わず唸る師匠がいます。林家たい平師匠――『笑点』のオレンジ色のあの方。そのタフさと、芸人魂の底力は、僕の人生観を大きく変えてくれました。
ある年、函館でたい平師匠の独演会がありました。師匠が別の仕事で到着が遅れることになり、急きょ僕が前座で30分つなぐことに。「前座で30分」は想像以上に過酷。汗だくになって必死に時間を稼いでいると、ようやく師匠が到着されました。
そこからのたい平師匠の凄まじさと言ったら!高座に上がれば爆笑の嵐、終演後は会場のお客様一人一人に笑顔でご挨拶。さらに打ち上げでは地元の方々と全力で盛り上がり、そのまま「昇吉くん、このあと空いてる?」と夜の街へ。夜中のスナックでマイケル・ジャクソンを踊りながら、店員さんともハイタッチ。僕の体力はとっくに限界、途中から記憶もあやふやに。
それでも師匠の勢いは止まりません。深夜、酔いどれたまま「笑点」っていう名前のラーメン屋を見つけると、師匠は大はしゃぎ。「食うか?」と誘われましたが、さすがに僕はギブアップ。「もう無理です」とホテルへ逃げ帰りました。
ベッドに倒れ込んで、2時間ほど眠ったところで、僕の携帯が鳴りました。「もしもし……」「昇吉くん?今、朝市来てるんだけど、ウニイクラ丼食べない?」。たい平師匠、寝てない! 朝市へ向かうと、師匠は満面の笑み。「よっ、おはよっ!」といつも通りの元気さです。そのまま東京に戻って、今度はラジオの生放送までこなしてしまう。正直、「芸人魂」で勝てる気がしない、心からそう思いました。
たい平師匠の“プロ意識”を痛感したもう一つの出来事。居酒屋で飲んでいたある日、師匠が「ちょっとトイレ行ってくる」と席を立ちました。しかし、なかなか戻ってこない。心配していると、ようやく師匠が帰ってきて、「いやぁ、トイレが汚かったから掃除してたんだよ」と一言。「自分の後に入る人が、たい平のせいでトイレが汚いと思われたら嫌だから」と、サラッと言うのです。
「自分の評判を下げないために、トイレも磨くのが芸人だ」。どこまでプロ意識が高いんだろう、と驚きました。
たい平師匠は、どんな場でも、どんなときでも全力投球。その姿を間近で見て、「芸人」としてのあり方、人としてのカッコよさを教えてもらいました。
師匠、僕もいつか、そんな背中を後輩たちに見せられる芸人になりたいです。