「子ほめを一席」

「初舞台はいつですか?」

そんなふうに尋ねられることがあります。きっと皆さん、客席で親がハンカチを握りしめ、舞台袖では師匠が目を細めて見守る――そんな美しい場面を想像されるのでしょう。

でも、落語の世界の「初舞台」は、少し風変わりです。

寄席の最初に登場する演者は「開口一番」とも呼ばれます。これはプログラムにも載らない、いわばおまけ。楽屋仕事に励む若手の中から、その日の「立前座」と呼ばれる先輩が、「今日はお前な」と突然指名します。そう、初高座は、ある日、ふいに訪れるのです。

私の場合も、そうでした。

「昇吉、お前、もうアガってるんだろ?」

「アガってる」というのは、その噺を高座でやってもいいという許可をもらっている段階にあること。私は「子ほめ」という演目を師匠の春風亭昇太から最初に教わっていました。

「はい、『子ほめ』はアガってます」

そう答えるや否や、「じゃ、今日の開口一番、お前な」と、さらりと決定。

心の中で「えっ、今日?」と戸惑いながらも、学生時代に落研で場数は踏んでいたので、心持ちはむしろ晴れやかでした。「ようやく出られるんだ」と、胸が高鳴ったのを覚えています。

けれど、そのときはまだ知らなかったのです。
初高座には「定番のいたずら」が待っているということを。

お囃子に迎えられ、いよいよ幕が上がります。私は勢いよく高座へ――と思ったら、あれ? 座布団が中央にない。隅っこに寄っています。慌てて直す私に、客席からクスクスと笑い声。

「えー、春風亭昇太の弟子の、昇吉と申します」

と名乗ると、「名前ちがうぞ〜!」と声が飛んできました。めくり(名前の書かれた札)を見ると、「桂歌丸」。こちらも大慌てで差し替え、場内は再び笑いに包まれます。

これらは、前座の初舞台にありがちな“歓迎の儀式”のようなもの。座布団の下に拍子木を隠したり、話の最中に輪ゴムを飛ばしたり――
緊張を和らげるため? いえ、そんな殊勝な理由ではありません。ただのいたずら。でも、お客様もそれを承知の上で、微笑ましく見守ってくださっている。そんな風土が、寄席にはあるのです。

ようやく落ち着いて噺に入りました。

「えー、人を褒めるってぇのは、なかなか難しいもんでして――」

と「子ほめ」を一席、なんとかやり通しました。噺を終えてぺこりと頭を下げると、温かい拍手。けれど、高座を降りて楽屋へ戻れば、すぐにまたお茶出しに着物の畳み、着付けに太鼓と、いつもの前座仕事が待っています。

それでも、確かに私はその日、お客様の前で噺をし、自分の名前で拍手をいただいた。

それが、私の落語家としての第一歩。
「子ほめ」を一席。そこから、すべてが始まりました。