『前座の初席・現金の流れ』

お正月って、世間では「のんびり」するもんですよね。
ところが寄席の世界では、お正月ほど命が縮む日はありません。

前座のころ、初席に入ると楽屋は戦場です。
出演者は倍以上、持ち時間は数分。
座布団をひっくり返して、太鼓を叩いて、

「次だよ!」
「もう出るよ!」

正月なのに、誰一人「おめでとう」顔してない。

そんな修羅場で、前座が何を楽しみにしているか。
――お年玉です。

真打の師匠が「おめでとう」って言いながら千円。
二つ目の先輩も千円。
色物の先生も千円。

一日中、頭を下げ続けて、
気がつくと二十万。

当時、月の収入が三万円。
正月だけで、年収の半分。

だから前座の正月の心境は、こうなります。

「今日一日、怒られずに、何人から千円もらえるか。」

ところが、この大事なお年玉。
本当は二ツ目昇進の着物代に取っておくはずなんです。

――はずなんですがね。

正月明け、気づくと手元にない。
どこ行ったんだろうと思ったら、
全部、新年会で消えてる。

誰に取られたわけでもない。
ただ、月三万の男が、正月だけ二十万持つと、財布だけ真打になる。急に懐が温かくなると、人は自分で散らかす。

「今日は俺が出すよ」

翌日、財布を見て思いました。身の丈って、大事。

正月が終わるころには、ちゃんと貧しい前座に戻ってました。