35.火焔太鼓
古道具屋の甚兵衛は、正直でお調子者、しかも商い下手。儲け話にもつい本当のことを言って逃し、寒いのに家の火鉢まで売ってしまう始末。それでも店が回るのは、切れ者の女房のおかげだ。
ある日、薄汚れた古太鼓を安く仕入れて帰ると、女房は「またガラクタを」と呆れる。甚兵衛が小僧に埃をはたかせると、調子に乗ってドンドコ。すると表から侍が飛び込み、「いまその太鼓の音を聞いた殿がいたくお気に召した。至急お屋敷へ」と言う。赤井御門守家中と聞いて、女房は「実物見られて怒られ、松に縛られるよ」と冷やかすが、甚兵衛はおそるおそる屋敷へ。ところが殿様は太鼓を一目で気に入り、「これは国の宝、火焔太鼓」と高評価。家臣と値を詰め、ついに三百両で買い上げに決まる。大金に腰が抜けた甚兵衛は、数えながら百五十両で感極まり涙。小判を抱えて店へ戻り、女房の前で積み上げてみせると、さすがの女房も驚嘆して大喝采。
「次は何を仕入れよう」と盛り上がり、「音の出るものが縁起いい」と甚兵衛。「じゃあ火の見櫓の半鐘を」と口走るや、女房がすかさず一言――「半鐘はいけないよ、おジャン(ご破算)になるから」。
正直と運の化学反応:商い下手の“正直さ”が、たまたま本物(価値)に出会う奇跡につながる。
目利きと権威:素人にはガラクタでも、権威(殿)の審美眼が“国の宝”へと価値を飛躍させる。評価は文脈で劇的に変わる。
江戸のことば遊び:「半鐘→おジャン」の駄洒落で、高揚の空気を軽く外し、幸運のはかなさを笑いに転化する。