34.寝床
旦那は筋金入りの義太夫好き。今宵も自宅で一席開こうと、使いの繁蔵に長屋じゅうへ声をかけさせる。ところが返事は「夜なべ」「臨月」「無尽」…と断りのオンパレード。癇癪を起こした旦那は「そんな了見なら明日までに長屋を立ち退け、店の者も暇!」と大見得を切ってふて寝。慌てた繁蔵が事情を説いて回ると、面倒は避けたい長屋衆は渋々集合、師匠や料理も急ぎ手配される。会場では「正面から食らうと命がない」と身構え、ほかの者も酒で気持ちを麻痺させる算段。いよいよ御簾の内で旦那ががなり立てると、聴衆はご馳走と酒に負けて次々と舟を漕ぎ、ついに全員寝落ち。静まり返ったのを“深い感動”と勘違いした旦那が御簾を上げて仰天、怒り心頭で叱咤していると、片隅で定吉だけが涙。旦那は「人情が分かるのはお前だけ」と抱き寄せ、どこが悲しかったかと問う。「宗五郎でも三吉でもありません。あそこです」――指さす先は舞台の床。「あそこが、あたしの寝床でございます」。
承認欲求の暴走と共同体の圧:好みの芸を権勢で強要すれば、敬意は離れ、体裁だけが残る。
芸は“合意の遊び”:聞く気のない場に芸は立たず。聴衆の呼吸があって初めて芸能は成立する。
笑いの着地点:大仰な文化(義太夫)と生活のリアル(子どもの寝床)をぶつけるウィット。