22.饅頭怖い
江戸の長屋。若い衆が集まって、暇つぶしに「怖いもの・嫌いなもの」の話をしている。
ある者は「蛇が怖い」、別の者は「蛙が苦手」、さらに「ムカデ」「蜘蛛」「トカゲ」など、みな思い思いに自分の弱点を打ち明ける。
ところが一人、松公は黙ったまま。問い詰められると「人間万物の霊長だ。俺に怖いものなんて無い」と豪語する。仲間たちは「そんな馬鹿な」と食い下がり、蛇や虫の名を挙げて試すが、松公は「蛇なんてのは頭に巻けば鉢巻き代わりだ」「蟻なんぞはごま塩にして飯にかける」と負け惜しみのように返す。
ついに観念した松公は「実は一つだけあった。俺は饅頭が怖い」と打ち明ける。これを聞いた仲間たちは大笑い。「饅頭なんぞ怖がるとは情けない」と言いながら、松公の顔色が青ざめていくのを面白がり、彼が「気分が悪いから横にならせてくれ」と隣室へ入ると、すぐさま相談して「饅頭で一泡吹かせてやろう」と企む。
さっそく菓子屋から、薯蕷饅頭、栗饅頭、酒饅頭、そば饅頭など、ありとあらゆる饅頭を山ほど買い集め、松公の枕元に並べて襖を閉める。外で耳を澄ますと、「ああ怖い、そば饅頭だ、甘い餡子が怖い。栗饅頭だ、大きな栗が怖い。酒饅頭は酒の香りがして怖い」と怯える声が聞こえてくる。仲間たちは大喜び。
ところが次第に様子が変だ。布団の中から「むしゃむしゃ」という音がする。不審に思って襖を開けると、松公は山のような饅頭を次々に頬張っているではないか。「しまった、こいつにしてやられた!」と唖然とする一同。
「おい、松公、本当の怖いものは一体なんだ?」と問いただすと、松公は涼しい顔でこう答える。
「ここらで熱いお茶が怖い」
恐怖や弱点という“人間の恥ずかしい部分”を逆手に取る。
怖いものの告白大会という誰でも共感できる場面を起点に、松公の屁理屈と大見得、そして「饅頭が怖い」という意外な告白。
さらに仲間たちが仕掛けた「意地悪」が、実は松公の思う壺。
「欲望に正直な人間のしたたかさ」と「言葉遊びの妙」。