6.転失気
寺の和尚が体調を崩し、医者に診てもらいます。診察の中で医者が「てんしきはありますか?」と尋ねると、和尚は「知らない」と言えず「ありません」と答えてしまいます。
気になって仕方ない和尚は、小僧・珍念に「てんしき」を調べてこいと命じます。珍念は花屋に行くものの、トンチンカンな答えばかり。
珍念が医者に直接尋ねると、「転失気」とは「屁(おなら)」のことだと教えられます。書物『傷寒論』にも「気を転め失う」とあると説明を受けて納得。
ところが寺に戻って小僧が嘘を伝えると、和尚はまたも知ったかぶりで「盃(さかずき)のことだ」と言い張ります。後日医者が再び来た時も「呑酒器(さかずき)がてんしきだ」と取り繕い、結局バレて恥をかく。
知ったかぶりの可笑しさ
和尚は「知らない」と素直に言えず、曖昧な返事で取り繕う。その結果どんどんおかしな方向に転がっていく。この“無知を認められない人間の弱さ”が、現代にも通じる。
言葉遊びの妙
「転失気(てんしき)」=屁、という漢語的な表現を知らずに右往左往する和尚。さらに「呑酒器(てんしゅき)」と無理やりこじつける言葉遊び。
人間味と風刺
知らないことを恥ずかしいと隠そうとする和尚の姿は、人間の滑稽さそのもの。それを「屁」という誰にでも身近でくだらない題材と結びつける。
「無知を認めない人間の愚かさ」と「屁という卑近な題材」を重ねた。