13.紙入れ
江戸の町で小間物屋に勤めている新吉(しんきち)は、いつも世話になっている商家のおかみさんから手紙をもらいます。そこには「今夜は旦那が帰らないから遊びに来て」と書いてあります。
新吉は迷います。お世話になっている旦那に悪い気もしますが、若い気持ちが抑えられず、夜にその家を訪ねてしまいます。
おかみさんはお酒をすすめ、「今夜は泊まっていって」と言います。新吉はためらい、断ろうとしますが、「帰るなら旦那に“新吉に言い寄られた”と言うわよ」と脅され、仕方なく酒をがぶ飲み。悪酔いして布団に倒れ込むと、おかみさんも長襦袢姿で入ってきます。いよいよというところで、なんと表の戸を叩く音! 帰らないはずの旦那が戻ってきたのです。大慌ての新吉でしたが、おかみさんが機転をきかせ、裏口から逃がしてくれました。
家に帰った新吉は、胸をなでおろすのも束の間、冷や汗が止まらなくなります。「しまった、紙入れ(財布)を忘れた!」。しかもその紙入れは旦那に見せたこともあるもので、中にはおかみさんからもらった手紙まで入っています。もし旦那に見られたら一巻の終わり。夜逃げでもするしかないかと、眠れぬまま朝を迎えます。
翌朝、新吉は恐る恐る旦那の家へ。長火鉢の前でタバコを吸う旦那は、特に変わった様子もなく談笑しています。「若いやつは女遊びができてうらやましいな」などと話し、説教じみたことを言いますが、紙入れのことは何も口にしません。新吉は安心したような、しかしまだ心配なような顔。
そこへおかみさんが現れます。新吉の不安げな顔を見て一言。「新さん、気が小さいのねえ。あたしがちゃんと抜かりなく隠してあるから大丈夫。旦那に気づかれるわけないでしょ」。旦那も「まあ、女房を取られるような間抜けな旦那だ。まさかそこまでは気がつかねえ」と呑気に笑います。
「知らぬは亭主ばかりなり」という、なんとも皮肉なオチでした。
不倫を題材にした噺
「男女のしたたかさと愚かさの対比」
男(新吉・旦那)
・新吉は若気の至りで女に振り回される。
・旦那は女房に浮気されても全く気づかない鈍感さ。
女(おかみさん)
・機転が利き、冷静沈着。危機的状況でも自分と相手を守り切る。
・最後まで主導権を握っている。
「実は一番肝が据わっているのは女で、男は振り回される存在」という笑い話。