12.権助魚
ある商家。旦那に“お妾(めかけ)”の家があると疑う本妻は、下男の権助に「旦那の行き先を見届けて報告せよ」と一円を渡して頼む。ところが出かける道中で、旦那はすぐに権助の内通を見抜き、逆に二円・さらにもう一円を握らせ、「今日は柳橋で芸者を上げ、隅田川で“網打ち”をしたことにして魚を土産に買い、私は山田様と湯河原へ泊まる——と家で伝えろ」と口裏を合わせさせる。
言いつけ通り権助は魚屋へ。そこで「網獲りの魚はあるか」と無茶な注文をし、スケソウダラやニシン、メザシ、タコ、挙げ句は蒲鉾(かまぼこ)まで“網で獲れた”理屈をでっち上げながら買い込む。帰宅後、本妻に「両国で山田様に会い、柳橋でどんちゃん、隅田川で網打ち、旦那は湯河原へ」と報告。だが、家を出てから二十分ほどしか経っておらず、時間のつじつまが合わない。本妻が詰め寄ると、権助は魚の出どころを苦し紛れに説明——メザシの藁を「群れがはぐれないよう目に通した」、タコの赤色は「寒そうだから湯に入れた」など、無茶苦茶。北海道でしか獲れない魚まであることを突かれる。
「こんなものが関東一円で採れますか」、「いいや旦那から十円もらってやった」。
利害でコロコロ立場が変わる“権助”の滑稽:本妻の一円で“密偵”に、旦那の三円で“共犯”に鞍替え。町人社会の等身大の損得勘定。
言葉の詐術・屁理屈の連射:「網獲り魚」を字義通りにでっち上げ、メザシ・タコ・蒲鉾まで“網で獲れた”と説明する詭弁。
時間の不可能性という喜劇装置:“わずか二十分で両国→柳橋→隅田川→網打ち”は物理的に無理。
夫婦の諜報戦×召使い:夫の浮気を疑う本妻、逃げ道を作る旦那、その間で右往左往する権助。
魚屋の具体(品名・買い方・口調)の写実性と、「網打ち」理屈のナンセンス。
権助噺としての性格付け:「権助提灯」では旦那と権助が“ペアで”立ち回るが、「権助魚」は権助が通しで舞台を回す。彼の“口八丁”が見せ場。