覚悟で乗り切る徹夜稽古

落語界って、ちょっと不思議な世界です。
自分の師匠だけじゃなく、いろんな師匠から芸をタダで教わることができる。
……いや、これ、普通の社会では絶対にありえないことですよね。
だって、ベテラン社員が他社の新人にマンツーマン指導なんて、聞いたことないですから。

さて、僕が入門して三年目くらいの頃のこと。
いろんな師匠方からお稽古をつけていただくチャンスがありました。
その中でも特にインパクトが強かったのが、鈴々舎馬桜師匠。
にこやかな笑顔で一見優しそうな師匠です。

その“洗礼”は、初日からやってきました。「オレが今まで稽古つけた中で、一番下手だよ」
……え、いきなり“歴代最下位”!?なぜか、こんなところでトップを獲ってしまう僕。

しかも「お前、調子乗ってるだろ?」と、いきなりお見通し。
(正直ちょっと天狗になっていたのは、否定できません。スミマセン…)

馬桜師匠、そこからが厳しい。
「ダメダメ、そんなんじゃ!」と一喝。
「蟇の油」を、圓生師匠バージョンで、25分ノンストップでやれ――
毎回「まだ甘い!」と容赦なくダメ出しが飛んできます。

ついにある日、僕は音を上げてしまいました。
「師匠、すみません、明日でもいいですか…?」と弱音。
すると師匠、間髪入れずに
「バカ野郎!お前、落語家で飯食ってくんだろ?腹括れ!腹括ったら一日で覚えられる!」

その言葉が、頭をガツンと殴ってくれました。
「……え、腹を括ったら一日で覚えられるの?」
やってみなきゃわからない。そう思って、その晩は眠気と戦いながら徹夜で覚えました。

次の日、フラフラになりながら師匠の前で高座。
できは……まあ、まだまだだったかもしれません。
でも、「本気になれば、やれるんだ」という自信が、小さな芽として心に残りました。

落語界には、こうやって“鼻を折ってくれる”師匠がたくさんいます。
厳しさの裏にある愛情。
馬桜師匠、ありがとうございます。
僕も、あのときの初心を忘れず、今日も高座で背筋を伸ばします。