東大奇人群像④「ケロリン~医者編~」
ケロリンは六本木のクラブでボーイのバイトをしていて、期限切れのキープボトルをよく持ち帰ってきた。寮のラウンジにはヘネシーや山崎がずらり。すごい量だったが、僕とケロリンはふたりで全部飲んだ。
僕は鍋係。近所にスーパーのいなげやがある。白菜と鶏肉と豆腐をぶち込めば、そこそこ食えるから助かった。
ある日、鍋を食べていると、管理人がケロリンに家賃の督促にきた。
ケロリンは全く動じない。相手がめちゃ怒っているのに、表情ひとつ変えず、
「はい、じゃあそれで」
と言って、全く取り合わない。管理人さんが気の毒になる。
管理人さんはますます顔を真っ赤にして怒鳴るのだが、けろりんは表情もかえず、
「じゃあ、そうしてください」
相手は、ぶつぶつ文句を言いながら帰ってしまった。
おそらく、けろりんは法律を熟知していて、口頭での忠告になんの意味もないことを知っていたのだ。だから、申し訳なさそうに言い訳するでもなく、相手に反論するわけでもない。
管理人が去るとまたふたりで、酒盛り。僕は、落語とバイトと大学の授業で忙しかったが、ケロリンは大学にはあまり行っていないようだった。しかし、読書量はすごく、けろりんの狭い部屋は、膨大な岩波新書で埋め尽くされていた。
落語家になろうと決めたときも、真っ先に相談したのはケロリンだった。
「周囲にはどう言い訳しようか」と尋ねたら、彼は言った。
「とりあえず、“金融系”って言っとけ」
さらに聞かれたばあいは、「証券会社って言っておけ」
名前まできかれたら、「日興コーディアルって言っとけ」
最初から、社名を言うと、狭い世界なので、どこかで必ずつながってしまうのだ。だから、はぐらかす。
その後、日興コーディアル証券はシティグループの完全子会社になった。今考えると、嘘としては、うってつけだった。
その後、ケロリンは株のトレーディングに精を出し、リーマンショックと東日本大震災で華々しく散った。
そしてその後は、なぜか医学部を目指しているという噂を聞いたが、彼の消息はプッツリと途絶えたので確認のしようがない。
しかし、もし、彼が今、医者になっていたとしても、僕は彼だけには診てもらいたくない。