東大奇人群像④「ケロリン~九州男児編~」

ケロリンは、今でも僕の大親友だ。でも、連絡先も知らないし、生きているかどうかすら分からない。
彼は大検を経て東大に入った珍しい男だったが、留年を繰り返し、結局卒業できず、最終学歴は「中卒」になった。まさに浮き沈みの激しい人生だ。
そんなケロリンとは、出会った瞬間から妙にウマが合い、すぐに仲良くなった。
大学3年生の春休み、ある穏やかな日。ケロリンの彼女――売れないアイドルをやっていた人だ――が「カレーを作ってあげる」と言ってくれた。カレー好きの僕は大喜び。ウキウキしながら一口食べてみた。……が、絶句した。
「……薄っ!」
どうやったらここまで味が薄くなるんだろう、と思うほど。しゃばしゃばのトマトカレーで、とにかく薄い。
思わず僕は、「いや〜、このカレー、まずいっすねぇ。」と正直に言った。でも、ケロリンは黙って黙々と食べている。なぜまずいと言わない?なぜ何も言わずに食べ続ける?

そのとき、突然彼女が口を開いた。
「ねえけろりん、私たち、付き合ってるの?」
まさかこのタイミングでそんな話になるとは思わず、僕は戸惑った。しかし、三月だから、彼女はけろりんに“恋の確定申告”を迫っているのだな、とすぐに気づいた。僕を証人として呼んだのかもしれない。もしかしてこのカレーパーティー自体も、僕を“立会人”にするために仕組まれたものだったのかもしれない。
ケロリンは依然、無言のまま。まずいカレーをまるで修行僧のように食べている。

空気が急に重くなり、ついに彼女が涙声で叫んだ。
「じゃあ私、なんで“彼”じゃない人に「カレー」作ってんの!」

「はぁ?」
僕は唖然とした。
険悪な沈黙の中に、若い男女とその証人。
僕はぽかんと口を開けて白目になるしかなかった。結局、彼女はしばらくして、怒って帰ってしまった。ケロリンは何も言わず、引き止めもせず、ただ静かに見送った。
後から聞いた話だが、ケロリンは長崎出身の九州男児。愛情を言葉にすることもなければ、去る者を追いかけることもしないらしい。「付き合っていることは自明。わざわざ口にする必要はない」と思っているのだとか。

――そういうものなのか。

あの薄いカレー、もしかしたら彼女は「もっと関係を煮詰めたい」という気持ちを込めていたのかもしれない。いや、考えすぎか。

どちらにせよ、いつまでもこんなことに付き合っていられない。僕はスプーンをテーブルに置いた。
本当の意味で、「匙を投げた」瞬間だった。

ラウンジには、まずいカレーの匂いと、彼女の嫌なダジャレの余韻だけが、ぼんやりと漂っていた。