「師匠のひと言 ほったらかしの極意」

「お前、天気に興味はないか?」
それは、何の前触れもなく師匠がふともらした一言でした。
「天気ですか? とくに興味はないですけど」
そう答えると、師匠は静かに言いました。
「気象予報士の資格、取ってみたら?」

冗談かと思ったその言葉が、やがて僕の運命を大きく動かすことになります。
気象予報士――合格率わずか5%という狭き門。
容易な道でないことはすぐに分かりましたが、私は師匠の言葉を胸に、前座修業と噺の稽古の合間を縫って、必死に勉強を重ねました。二年間、幾度か試験に挑み、ようやく2011年、念願の合格を果たしたのです。
驚くべきことに、その間にかかった本代やセミナー代は、すべて師匠が全部負担してくれました。
「ほったらかし」と言われることもある師匠ですが、その背中は、誰よりも温かく、誰よりも遠くから弟子を見守っていたのです。
そして、その資格はやがて大きなご縁を呼び寄せました。
2013年、フジテレビの新番組『アゲるテレビ』。私は、気象予報士としてレギュラー出演の機会をいただくことになったのです。
師匠にすぐさま報告しました。
「師匠、レギュラーが決まりました! すべて師匠のおかげです!」
すると師匠は、いつもの飄々とした口調でこう言ってくれました。
「それはお前が頑張ったからだ。しっかりやれよ。」
後日、番組プロデューサーが明治座の楽屋に師匠を訪ね、ご挨拶に伺ったそうです。
「このたび、昇吉さんにお願いすることになりました」と伝えると、師匠はきっぱりと、こう応じたといいます。
「昇吉は私の弟子です。何か問題があれば、すべて私が責任を取ります。」
その一言に、プロデューサーは胸を打たれたそうです。
師匠は多くを語らずとも、いざというときには弟子を守る覚悟を示す。
それが、春風亭昇太という人の「男気」であり、「師弟の絆」なのだと。
この背中を見て、私は一生をかけて、師匠のご恩に報いる生き方をしようと心に誓いました。
そうして、私は晴れて、「天気図は読めるけど、空気の読めない落語家」として、テレビの世界に飛び出していきました。