『居酒屋ほろ酔い考現学』
『居酒屋ほろ酔い考現学』
橋本健二
祥伝社黄金文庫
https://www.sun.s-book.net/slib/slib_detail?isbn=9784396316532
20
赤羽
隅田川と新河岸川沿いには多くの工場があり、東京有数の工業都市
33
15世紀の室町時代の京都には、すでに「下請酒屋」
46
大正から昭和初期にかけての銀座というと、おしゃれな洋服を着たモダンガールが闊歩する姿を想像してしまいがちだが、少なくともこの時期、実際にはほとんどが和服だった
63
朝鮮動乱に続く、「金ヘン」「糸ヘン」の時代
1950年
http://www.daiki.or.jp/kk_rekisi/reki_004.htm
74
大震災前は盛り場といえば浅草
1923年
https://www.sankei.com/article/20220919-RFXSGEXG2VJUXFLFRPLCN3OXWU/
東京生まれの知識人は震災後はだんだんと浅草へこなくなった
103
池袋、新宿、渋谷
「敗戦後からヤミ市の成立とその発達を契機に、現在の副都心と呼ばれているような機能を備えるに至った」
119
統制品ではない豚の内臓
128
『広辞苑』にも
「牛・豚などの臓物などを串焼きにしたものにもいう」と明記されている
131
誤った俗説
①戦前まで、牛や豚の内臓を食べる習慣がなく、食糧が不足したヤミ市時代になって、初めて食べるようになった。統制品ではなかったから。
②ホルモンは、捨てるもの、または、土に埋めたのを掘り返すという語源
詩人の草野心平:1931年
「とりは豚の臓物だった」
1920年代にはすでにホルモン料理と称する料理があった
ホルモンという名称は医学用語のホルモンに由来する
大阪のある飲食店業者が1937年にホルモンという文字の入った商標を登録している
鶏肉と牛豚肉の価格差。
当時、鶏肉は高級品
138
明治の終わりごろからやきとりといって、牛豚のモツを串に刺し、タレをつけて照り焼きにして食わせる町の屋台店が夜になると現れてきた
150
やきとりキャバレー
154
隅田川は二つの国を隔てる国境
164
山の手の住人たちは、もともと田舎から出てきた下級武士の出身者が多い
下町は無智で旧弊の区域
195
きれいな部屋の中でいい服を着てお茶を入れたり、編み物をしたりすることが、女の幸せだとは思えない
199
子どもの学業成績にも、ほぼ所得水準に対応した差がある
211
午前九時に開店する赤羽の名店
226
『下流社会』の著者として知られる三浦展は、当時、この「第四山の手」のコンセプト作りに関わっていた
『下流社会』
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334033217