“オー!”が言えなかった僕
大学三年生の春、僕も一度は「普通に就職しようかな」と考えていた時期がありました。東大の落語研究会には入っていたものの、プロの落語家になろうなんて、最初から決めていたわけではありません。「なんとなく、面白いことができたらいいな」——そんな、ふわっとした動機でした。
三年生になると、大学の空気が一気に“就活モード”に。僕の所属する経済学部のゼミでは、友人たちが「銀行」「証券」「総合商社」などキラキラした社名を挙げて盛り上がっていました。マスコミも人気で、なぜか「官僚志望」は少数派。今思えば、それも時代の空気だったのかもしれません。
周囲のみんなは、ゼミやサークルの先輩から「面接で何を聞かれた」とか「あそこの人事担当はこうだった」とか、必死に情報を集めています。僕も隣で聞いてはいたものの、どうもその熱量にはついていけない自分がいました。
“就活ガチ勢”の同級生なんて、大学一年生のころからインターンに参加して、名刺交換も完璧。そんな中、僕は落語の稽古ばかりしていたので、思えばかなり出遅れていました。
それでも、「テレビ局で働くのも面白そうだな」と思ってみたり。ダウンタウンさんみたいな面白い番組を作れたら最高だな…という、どこかミーハーなノリです。
ある日、大学の近くでマスコミの就職説明会があると知り、「まあ、行ってみようか」と軽い気持ちで参加してみました。これが、思いのほか大変でした。
会場に着くと、説明会の担当者がものすごくハイテンション。「みんな!就活がんばろう!」と拳を突き上げて、学生たちを鼓舞します。「声が小さい!もっと大きな声で!」と盛り上げると、ノリの良い学生たちが「オーツ!!」と元気よく返事。僕は「…あれ、こんなに体育会系なんだぁ…」と早くも場違いな気持ちに。
担当者の話が一段落すると、次は「コミュニケーション力を鍛えよう」コーナー。「今から、知らない人と二人一組になって、相手のいいところを聞き出して褒め合いましょう!」というお題が出されます。
これが、なかなかハードルが高い。小学校のころ「二人一組作ってください」と言われて、よく余っていたタイプの僕。この日も案の定、どこに入ればいいか分からずウロウロ。即座に「お願いします!」とペアを作る人たち、本当に尊敬します。
なんとか隣の人に「…あの」と声をかけて、ぎこちなくペア成立。でも会話は案の定、弾みません。
「えっと…趣味は…?」
「えー…特には…」
話が続かない。
そのとき、担当者がやってきて「うまく打ち解けられた?」と笑顔で尋ねてきます。でも、僕も隣の彼も無言。担当者は「社会に出たら、知らない人とも話すことが大事だよ!」と熱く語ってくれましたが、その時の僕はただただ、どう返していいか分からず、困った顔をしていたと思います。
でも、今振り返ると——
あの「居心地の悪さ」は、きっと自分の「向き・不向き」や「本当にやりたいこと」を見つめ直す、貴重な時間だったのかもしれません。みんなと同じペースで動けない自分を情けなく思うこともありましたが、それもまた僕らしさ。無理に盛り上がらなくても、ちょっと不器用な自分のままでも、いつか「自分に合う場所」は見つかるんだな、と今なら思えます。
もし、今これを読んでいるあなたが、就活や進路で同じように悩んでいるなら——大丈夫。無理に「みんなのノリ」に合わせなくても、あなたのペースで歩いていいと思います。不器用なままでも、きっと、ちゃんと道はひらけますから。